将棋界の天才・藤井聡太に魅力を感じる理由!!「ヒカルの碁」との意外な共通点!?

こんにちは、たまこんにゃくです。

あなたは将棋界に現れた新星・藤井聡太を知っているだろうか。

あれだけテレビで報道されて今や知らない人はあまりいないでしょう。
将棋をやっていない人ですら、2017年に達成した驚異の29連勝には誰しもが注目していたのですから。

中学2年、14歳2カ月でプロデビューというのは歴代でも最年少にあたります。

元々は藤井のデビュー戦で対戦した加藤一二三が記録した、1954年14歳7カ月の史上最年少記録を62年振りに更新したものなのです。

加藤一二三と言えばバラエティ番組で天然ボケっぽい表情やしぐさをみせ、お茶の間で笑われることが多いですが、将棋の世界においてはレジェンドと呼ぶにふさわしい天才なのです。

ちなみに将棋界において過去に中学生でプロになれたのはたったの5人です。
具体的には谷川浩司(14歳8ヶ月)、羽生善治(15歳2ヶ月)、渡辺明(15歳11ヶ月)ですね。

よく巷ではあんなに若いのにすごいという評価ですが、基本的に将棋界のプロ入りは平均して20歳前後です。
早熟な人であれば10代でプロになるというのは、スポーツの世界と全く同じです。

若いからどうかということではありません。
年齢など関係なく、勝負の世界は実力が全てなのです。

もちろん晩成型で大きく成長する人も多くいます。
ただ物語を作成する上でストーリーを作りやすいのが、やはり若くしての天才というフレーズです。

世間が注目するように、私も藤井四段が29連勝のニュースに心躍らせました。
そんなとき思い出したのは、以前週刊少年ジャンプで連載されていた囲碁を題材にした少年漫画「ヒカルの碁」です。

当作品は囲碁を題材にしたストーリーであり、将棋ではないのですが一人の天才の成長を描いた作品として似たところがあると思い当記事で取り上げました。

ネットでもちらほらヒカルの碁に例えた文章やイラストを見かけるので、私と同意見の人も多くいるのでしょう。

将棋を題材にした作品でいえば、2017年3月・4月に神木隆之介実写映画化された「3月のライオン」があります。

こちらの主人公は既にプロ棋士であったことと、棋士になった理由が家族の交通事故のため自立する必要があったというのが少し違うかなと思って題材から外しました。

しかし非常に面白い作品であることには変わりないので、よかったら読んでみてください。

 

「ヒカルの碁」という作品について

この度比較対象として挙げた「ヒカルの碁」ですが、作品自体を知らない人がいるかと思いましてまずは解説しようと思います。

当作品は「週刊少年ジャンプ」にてほったゆみ(原作)と小畑健(漫画)による囲碁を題材として1999~2003年まで連載されていました。

小畑健といえば今や大場つぐみとタッグを組んで「デスノート」「バクマン。」「プラチナエンド」といった数々の名作を生み出してきました。

そんな彼の名声を一気に高めた作品が「ヒカルの碁」なわけです。
ちなみに私が最初に知ったのは「人形草紙あやつり左近」という作品でしたけどね。こちらは推理漫画となっています。

少し話が逸れたので「ヒカルの碁」について話を戻しましょう。

本作品の主人公は小学6年生の進藤ヒカルが、祖父の家の倉で偶然血のついた碁盤を見つけたことで物語は始まります。

その碁盤に宿った平安時代の天才棋士である藤原佐為(ふじわらのさい)という人物がヒカルに宿ります。

佐為は架空の存在なのですが、ヒカルに宿る前は江戸時代に本因坊秀策(ほんいんぼうしゅうさく)に宿っていました。
秀策は実在する人物で、今でもその棋譜(囲碁の手順の記録)は定石として参考にされているほどの歴代最高の呼び名もある棋士です。

本因坊という名称は囲碁の七大タイトルの一つに数えられています。

そんな最強の棋士は、実は藤原佐為が打ったものだったというフィクションを交えて話は進んでいきます。
ちなみに佐為はヒカル以外には見ることも声を聞くこともできません。

囲碁なんて全く興味のなかったヒカルに佐為の夢である「神の一手」を極めるために碁会所を訪れます。
そこで以後永遠のライバルとも呼べる相手である同級生の塔矢アキラと出会います

この人物は囲碁の名人であり「神の一手」に一番近いとされる塔矢行洋の一人息子で、プロに近いとされる実力がありました。

碁会所にてヒカルに(実際に打ったのは佐為)に敗北を喫したことで、アキラはヒカルを倒すべき目標として歩み出す。
ヒカルも囲碁の魅力に気づき、中学校では囲碁部に入り大会を目指す。

それぞれの想いが交錯していく様がこの物語の魅力です。

その後ヒカルはアキラをライバルとして認めさせるために、院生(プロ養成所)になり、その後プロとなるまでを描きます。

その過程で佐為は、自分の現世にいられる時間が短いことを悟り始め、同時に自分がヒカルに必要とされていなくなることに焦りを感じます。

そして塔矢行洋と佐為はネット碁を通じて最後の勝負を行います。

ここで誰も気づかなかった逆転の一手をヒカルに気づかせることのために自分は存在したと直感し、佐為は成仏してしまいます。

ヒカルは佐為がいなくなったことで、自分が碁を打たなかったら佐為が戻ってくるんじゃないかと思い囲碁を辞めます。

しかし不本意ながらかつての院生仲間と対局することになり、そこで囲碁の中で佐為の存在を感じることができ、再び棋士の道を志すようになります。

結末はあえてここでは書きませんが、人によっては心にしこりが残る展開となります。
ジャンプ漫画の鉄則とされている「友情・努力・勝利」の勝利がない終わり方なのです。

それが逆に現実味があるといっていいのかもしれませんけどね。
私もハマった作品なので、よかったら読んでみてください。

またアニメのDVD-BOXも安価で購入できますのでこちらもよければどうぞ。

 

なぜ「ヒカルの碁」がヒットしたのか

囲碁ブームの火付け役としてアニメ化もされた「ヒカルの碁」ですが、その魅力とは何なのでしょうか。

一見するとスポーツを題材とした作品から見ると、地味な部分は否めない囲碁というジャンルを大ヒットさせた秘訣を紐解いていきましょう。

 

平安時代の棋士・藤原佐為という魅力的な人物

この物語の登場人物は本因坊秀策以外みな架空の人物です。

しかし日本棋院が協力しているため、過去に実際に行われた対局の棋譜が使われています
ヒカルがプロになる過程もかなり現実的な方法で描かれています。

もちろんプロになれるのは年間で数名程度なので、非常に狭き門であることは確かです。

しかしヒカルは驚異的な成長をみせ、小学6年生で囲碁と出会ってから2年後にはプロ試験に合格します。

その成長に一役買ったのが藤原佐為ですね。
ファンタジー要素があるのは、この幽霊(?)に取り憑かれたことだけですね。

作品の概要の所でも説明しましたが、佐為はヒカルからしか見ることも話すこともできません

他にも過去の棋士が現代によみがえって「ジョジョの奇妙な冒険」でいうスタンドみたく、対戦相手と能力バトルとかすればそれはそれで面白そうですけどね。

ただ実際は佐為が師匠のような形でヒカルをサポートして物語が進んでいきます。

佐為が非常に魅力的な人物なんですよね。

最終的に佐為は自分の役目を果たして成仏してしまうのですが、その佐為との出会いと別れを通じてヒカルが大きく成長します

物語はヒカルを主人公として進みますが、佐為がいなければ面白さは半減してしまったでしょう。

もちろん佐為だけではなく、主人公のヒカルやライバルのアキラを始めとして魅力的な人物が多く存在することが理由として挙げられます。

 

碁盤を通じた細かな心理描写

本作品がヒットした理由は、囲碁を知らなくても面白いというところなのです。

例えば「ドラゴンボール」のようなダイナミックな必殺技があるわけではなく、「スラムダンク」のような華麗なダンクやスリーポイントシュートがあるわけでもありません。

ただ碁盤にお互い白と黒の石を置くだけなのです。

さらには将棋やチェスと違って、一見してどちらが勝っているか素人にはわかりにくいです。
このままでは人気が出るはずもありませんでした。

この点はアニメの16話~59話を担当した神谷純監督も述べています。

実際の囲碁は大きなアクションをするわけもなく、座って石を置いていくだけです。もちろん本人は何も言いませんから、視聴者にその勝負の中で生まれるドラマを伝えるために、いろんな手法を総動員しました。

<出典:http://news.livedoor.com/article/detail/3808610/?p=1>

つまりは地味になりがちな対局の様子を、いかに飽きさせずに見せられるかが重要と言うことですね。

お互いの対局の時は心の中の声を聞かせ、決め手となる一手の時は碁盤の石を光らせるなどの様々な試みがじっさいにされています。

まるで「ジョジョの奇妙な冒険」や「遊戯王」のような心理描写を可能としたことで、対局をより面白く白熱して演出することができたといえるでしょう。

 

 藤井聡太と「ヒカルの碁」の共通点

共通点と言っても将棋と囲碁は全く違うじゃんと思われるかもしれません。

プロになる年齢もタイトル保持者の年齢も、一般的に将棋より囲碁の方が5~6歳程度平均年齢が若いです。

そういった違いはありますが、藤井プロと「ヒカルの碁」の主人公ヒカルには共通すべき点があります。

 

各界の棋士からその才能について注目される

藤井聡太に関して言えば、それは29連勝もすれば棋士から認められるというのは当たり前と思うでしょう。

しかしここで注目すべきはプロデビューする前の話です。

藤井と同じくかつて中学生でプロ棋士となった谷川浩司名人が、小学2年生の頃の藤井4段と対局しているんですね。

飛車・角の2枚落ちでもほぼ谷川の勝ちであった試合で、指導時間切れになったので引き分けにしようかと提案したところ、幼い藤井が盤の上に覆いかぶさって激しく泣いていたというエピソードが逸話として残っています。

また小学生ながら詰将棋解答選手権にも参加し、難問を次々と解いていくところから天才と称されていました。
杉本昌隆七段も小学1年生の頃からその才能を見抜いていたようです。

このようにプロデビューしてから注目した我々よりも早く、各界の棋士からはその才能に注目されていました

同様に「ヒカルの碁」の主人公進藤ヒカルも、元々は全く囲碁に興味がない少年でしたが、一目見た対局をそのまま再現するなど才能の片鱗を見せていました。

ただすれ違っただけで、本因坊のタイトルを持つ桑原九段に「ただならぬ気配」を感じると言わしめています。

 

ネットを使って対局していた

藤井四段は地元である愛知県瀬戸市にライバルとなる人物がいなかったため、ネット将棋で対戦相手を探していたとのことです。

その数はなんと小学2年生から7年間で1500局以上の対局を行ったのです。

その強さにはプロ・アマ問わず「いったい誰なんだ」と注目され、数々の猛者から対局を申し込まれたというのです。

実は「ヒカルの碁」でもネット囲碁をする場面が登場するのです。

経緯としては、囲碁の魅力に気づいたヒカルが自分で囲碁を打つようになってしまったため「碁が打ちたい」という佐為の願いが叶わなくなりつつありました。

そんな佐為に対して夏休みの期間だけインターネットカフェで好きなだけ打たせてあげようという計らいから、ネット囲碁を始めるようになりました。

結局最強の棋士であるハンドルネーム「sai」を探す動きが活発化し、やむなくヒカルはネット囲碁をやめることになるのです。

ネットで対局を行っていたという共通点は、知らない方もいるのではないでしょうか。

 

まとめ

今や空前の将棋ブームと呼ばれていますが、現在は下火になっている囲碁もかつてはブームになっていました。

将棋と囲碁とルールは違いますが、どちらも江戸時代からプロ組織がある日本の伝統的な文化です。

どちらも個性的なプロが多くなっており、対局以外の試合前インタビューでも色々な仕込みがあったりで面白いです。

今後も切磋琢磨していってほしいなと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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